- 人をゆるさない。「悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。」マタイ18:32-33 ゆるさないという態度は、神さまが私にしてくださったことを忘れているからでてくる。ある特定の人の弱さを、いつも批判してしまうときは要注意。
- 従わない。「あなたは、自分では小さい者にすぎないと思ってはいても、イスラエルの諸部族のかしらではありませんか。主があなたに油をそそぎ、イスラエルの王とされました。・・・あなたはなぜ、主の御声に聞き従わず、分捕り物に飛びかかり、主の目の前に悪を行ったのですか。」1サムエル15:17,19 自分のことを小さい者と思っているときは、言われることに何でも従うだろう。主によって、成功させていただいていることを忘れ、まるで自分で今の地位を築いたかのように思うとき、主の命令を軽んじる心がでる。
- 高慢になる。「あなたは全きものの典型であった。知恵に満ち、美の極みであった。」エゼキエル28:12 この箇所はルシファーが神に逆らう前の状態についての説明だ。以前ボロボロの車を運転していたものが、神さまの恵みにより新品の車を手に入れる。ふと横を見ると、ボロボロの車がとまっている。私達は気をつけていないと、その車を見ながら、自分の成功を誇りだす。自分は努力したから、一生懸命働いたから。神様がくださった祝福が、心を高ぶらせる種になることが多いのだ。感謝することは、弱さではない。
- 他の人をねたむ。「あなたがたは分を越えている。全会衆残らず聖なるものであって、主がそのうちにおられるのに、なぜ、あなたがたは、主の集会の上に立つのか。」民数記16:3 レビ人コラがモーセとアロンに逆らってこう言った。分を越えているのはコラだったのに。どんなに多くの人があなたと賛成しようとも、あなたが正しいとは限らない。他の人の持っているものを自分と比べると、その人のために喜べなくなる。神様が今自分の中で行っているすばらしいわざに目を留めよ。
- どん欲になる。「しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。」1テモテ6:6 欲は私達の心から、今この瞬間を楽しむチャンスを奪ってしまう。どん欲な心はいつも、「いつか」に目を向けて、今感謝することをできなくする。
- 文句を言う。
- がっかりする。「・・・私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。・・・それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。」ヘブル12:1-3 今自分の抱えているがっかりした気持ちと、イエスさまが十字架の上で私たちのためにしてくださったことを比べるとき、絶対に十字架の大きさが勝る。十字架のわざを感謝しつづけることが、元気でいる秘訣。
- 鬱になる。
- 自分を憐れむ。
- 喜ばない。「あなたがすべてのものに豊かになっても、あなたの神、主に、心から喜び楽しんで仕えようとしないので、・・・主は、あなたの首に鉄のくびきを置き、ついには、あなたを根絶やしにされる。」申命記28:47-48 喜び楽しんで神様に仕えないという態度は、自分の上に祝福ではなく、呪いをまねくことになる。今心に喜びを感じないからこそ「主よ、感謝します。」と叫ぼう。喜ぶことは自然な反応ではなく、超自然的な選択なのだ。
ちょうど私は手術後であまり体調がすっきりせず、落ち込みながら教会に行った日のことです。ガツンと気合を入れられたように思いました。特に、どん欲の部分。私は物質的なことにはどん欲ではないほうだと思うのですが、例えば健康とか、例えば人との関係とか、自分の霊的な状態とかに対して、いつも「もっと!」と思っています。確かにそのせいで、今を喜べない、今を感謝できない、という状態になっていることが多いです。
今日は、感謝の気持ちをもって、ゆっくり一日をすごします。おいしいものを少しずつ食べるような気持ちで、仕事に行かなくてよいこと、好きなことをしてていいということを、楽しみます。神さまと。
2 comments:
すごいね、これ! 教えてくれてありがとう。
プリントアウトして、貼っておこうっと!
感謝できないわたしたちのこと、
神さまは、もう重々知っててくださってるんだよね。
だから、十字架にかかってくださった。
神さま、ありがとう〜!!
あ、しょうこちゃんだ。このコメント見逃してました。元気かなー???
Post a Comment